日本への留学を決心するようになったきっかけは日本の社会問題が韓国と似ている点があってこれについて勉強をしてみたかったです。 首都に人口が集中する現象や少子化による地方消滅のような問題に興味があったからです。 このような問題に日本は韓国より先に接したので、関連政策が韓国より細かいので、このような政策が韓国にあったらどうかと思いました。 このような観点から一国の政策や体系に対する理解が他の国を発展させることができるのではないかと思って日本での勉強を決心しました。
留学での目的は複数専攻でプログラミングを勉強しているのでデータ分析を通じて経済状況を理解してみたいです。 現在ウクライナとロシアの戦争によって原材料価格に非常に大きな変動がありますが、日本経済にどのような影響を与えているのかについて勉強できればと思います。 また、他の学部の授業を受ける環境が整えば、データ分析について勉強して実力をつけたいです。
そして他の国の人と親しく過ごせる機会は多くないと思います。 韓国に帰ってもずっと連絡を取り続けられる人に会いたいです。
初めて学校に行ってゼミの先生と話をしましたが、その時先生から韓国語で挨拶してくださったことが記憶にあります。初めて来たときは日本語が全然できなかったので、先生からそういう挨拶は私にとって緊張がなくなる感じでした。後ゼミの人たちに自己紹介をして後みんなと帰りましたが、その時ゼミの人ではない男性が話かけてくれました。その学生は韓国に興味があって、よくK-POPや韓国の文化について知っていて私と色々な話しをしました。また会う約束をして約束の日には三宮に行って、ラーメンを食べて後はハーバーランドに行って写真を一緒に取りました。友達から昔の地震の話を聞きました。ただきれいな場所だと思っていましたが意味について聞いてすごいだと感じました。後はCHINA-TOWNに行って神戸が昔から開港をして海外の人が良くいることについてもわかりました。だから北野異人館街みたいなきれいな場所があると思いました。
でも、ゼミの友達は卒業のゼミだったので授業の時は友達がいなかったんですが、金融貨幣論の授業を聞いた時先生が何か重要なことをおっしゃったんですが、理解ができなくて困ったときがあります。それを知りたくて知らない人に始めて話しかけました。私が韓国から来た交換留学のことをいうから喜んで教えてくれて嬉しいでした。ここで終わらなくてもっと話をして帰り道中に何か色々な話をして友達になりました。その友達と後は明石焼きを食べましたが、お茶につけて食べることが本当にすごくてなんか不思議だといったらその友達が笑ったんです。今まで理由は分かりませんが美味しいでした。
こういう感じで生活をしました。授業中に知らない言葉はすぐ写真を撮って翻訳機を用いて理解をするために頑張りました。それでも先生の字が分かりにくい時は友達に写真を送って助けをもらいました。
試験の勉強は本当に難しくて学校の近いあるSTARBUCKSやマクドナルドに行って勉強を頑張りました。でも結果はあまりよくなくて悲しいでした。数学の計算問題がある授業はなかなか良かったんですが、記述がある授業は大変でした。計算問題がある授業の試験勉強よりも記述式の試験勉強をもっと頑張ったのに、より低い結果を得てそうでした。
後期からは、友達と三宮とか行ったよりも一人でいった方が多いでした。CENTER PLAZAに行ってその近い場所で一人で買い物をしたり見物をしたりしました。一人だからほかの人の目に気にしなくて自分が好きなANIMATEとかに行って欲しかった物を買ったりしました。一人で飲食店に行くのが怖いでしたが牛かつを始め色々なものを食べました。焼き鳥店に行ってレバさしを食べたことはまだ記憶に残ってすごくおいしいでした。日本の伝統的な建物が好きなので生田神社にも何回行きました。噴水がある場所で何か景色を感じれるいい場所だと思います。
先生がおっしゃることもこの時からはどんどん聞き取りができて、ゼミの時に学生が発表した内容について質問をしたりしました。最後にあった卒論発表会の時は一番質問をしたかもしれません。
去年四月、交換留学として初めて来たとき、日本語をしゃべる事や聞くことが全然できず指導先生としゃべりましたが理解ができなかった。そしてゼミの人たちに自己紹介をするときも、みんながわたしがどんなひとだと教えてくれたんですがうまくできないでした。でも今はちゃんと自分が考えたことをほかの人に言うことができたし、これができるために日本語勉強を頑張ってJLPT1級を取りました。1年前は私がこんなに成長すると予想できないでしたが、顧みたらたしかに成長をしたと思います。学習計画中でプログラミングの勉強もありましたが、前期までは頑張って勉強をしましたが後期からはほとんどしなかったので、韓国に帰れば勉強をしようと思います。でも後期には私の大学にはない授業を受けてこれは意味がたしかにあると思います。線形代数学ですが韓国に帰ってプログラミングの勉強をよく理解するため必要なことだと思っています。日本の文化とかも深く理解したかったんですが、1年の時間ではそこまでは無理でした。仲いい友達がもしできたら今よりももっと分かれると思いますが知り合いの人、そのくらいだったのでこれは難しいでした。外国で一人に生活したら大変だと思ったんですがそうではないでした。初めてはちょっと帰りたいと思うこともありましたが今は前とくらべると生活力が高く なりました。日本で楽しい記憶がたくさんできて卒業をしたら日本ではたらくかもしれません。日本の大学院にも興味が生じてこれも考慮しています。